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笑いを目的としたオイラの経験日記・・・たぶん  (Mさんに書いてもらいました♪最高~♪ありがとうね)
by panyanowakki
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他界

「今、考えやんと・・」です。
しかも、おもいっきり個人的な話でつまらんと思う。

23日、オイラの尊敬するアーティストの長渕剛さんの父が他界した。
オイラが剛を知ったのは今から21年前小学校6年生の時。

もっと前から知っていたが嫌いだった。
その理由はもっと幼かった頃、石野真子がオイラのアイドル的存在だった頃にさかのぼる。

結婚したんだよね、この2人。ショック!ただそれだけの事w

家庭環境に悩まされた日々に自殺を考えた時期。
泣きながらテレビを見ていた時、CM中に1つの音楽が流れた。

「STAY DREAM」

死んじまいほどの 苦しみ悲しみ
そんなものの 1つや2つ
誰もがここ あそこに ほら 背負い込んでるもの
腰を下ろし ふさぎ込んでも 答えはNotthing・・・

ぶっ飛ばしたほどの 怒りや悔しさ
そんなものの 1つや2つ
殴れた痛みは 未来への ワンステップ
尽くせぬ自由は がんじがらめの不自由さの中にある

くよくよするなよ 諦めないで just like Boy
その痩せこけた 頬のままで
果てしない迷路の中を
人はみんな 手探りしてでも Stay Stey Dream
そう Stay Stey Dream  Stay Stey Dream


何気に耳に入り込んだ歌に励まされた。
オイラが今生きてる事、自分の性格が変わった事は、この人がいたからというのは過言ではない。

世間帯では剛の持つイメージは悪いだろう。
乱暴者、不倫、麻薬・・・

過去にあった事は事実。
でも、剛はイメージ通りの乱暴者ではない。
あれはドラマ(とんぼ)の影響が大きかった。

剛の目は少年の目であり、深い悲しみを知った目。

鹿児島に生まれ、父は警察官。生真面目な父の背景には家庭という環境に悩まされた少年時代。
オイラの過去と似てる部分がある。
18歳で家を飛び出し音楽の道を選んだ剛。
鹿児島という故郷を捨てた決意を歌にしてる。

「いつかの少年」

俺にとって鹿児島は いつも泣いてた
ひ弱で不親切で 邪険な街だった
親父とお袋は泥にまみれ 銭をうらやみ
そのど真ん中で俺は 打ち震えていた

ごうごうと不安が立ち昇る住家を
凍える風が暮らしを すり抜けてゆく
雨どいをつたう雫を見るのが たまらなく嫌だった
逃げだしたくて思いを 掻き毟るだけだった・・・

俺の人生は 何処から始まり
いったい何処で終ってしまうんだろう?
突き動かされるあの時のまま
そう いつかの少年みたいに

乾ききれない浴衣が 揺れていた
縁側の向こう遠い記憶が霞んでく
俺は今揺れる船の上に立ち
叩きつける7月の雨を見ている

全てが1秒ごとに 意味深く進んでる
水平線からどてっぱらに陽が昇る
今日と昨日とが激しく違う事を知った今
俺は鹿児島をつんざく波に捨てた・・・


剛の歌に影響されて詞を作り始めた。
剛の言葉には、悲しみがあり、淋しさがあり、強さがあり、命がある。

そう感じるまでに時間はかかった。
4、5年前、それ以上か?
剛の母が、子宮がんに侵され痴呆症になった。

その時の歌だ。

「MOTHER」

呆けた母ちゃんが遠くを見てる
病院のベットで死んだように
俺の少年ばっかり探している

俺は母ちゃんの手を握る
母ちゃんは俺に笑いかける
その後すぐにずっと遠くを見た

俺の机の引き出しには
まともな字を書けた頃の
大きな女性(ひと)の手紙が閉まってある
どれだけ人を愛しても愛しぬいたとしても
母親の子宮(からだ)に戻る事は出来ない

それは怖いという事じゃない
それは弱いという事じゃない
それは男らしくないないという事じゃない

とどまる事の知らない不安が
別の女を欲しがってる
抱いても抱いても最後には孤独(ひとり)になる

oh MOTHER
oh MOTHER
oh MOTHER 笑ってばかりいる

だから俺が何故笑ってるんだいって聞くと
また遠くを見てただ笑ってるだけ

高速道路の下を俺は
死にかけた母ちゃんを病院へ
ゆっくりゆっくり走らせている

もうすぐ母ちゃんは俺が誰かも
そしてここが何処かも
そして全てわからなくなってしまうだろう

いらだつ俺はうちへ帰り
溜め息を2つ吐き
屋上へ足早に駆け上った

煙突の向こう
俺たちはいつかのしゃぼん玉みたいだ
いったい俺たちは何処へ流れてゆく・・・


この歌詞のシャボン玉とはドラマの「シャボン玉」の一部分を指している。

数年後、最愛の母は他界した。
その歳のコンサートで剛が歌った「MOTHER」は今でも鮮明に記憶に残る。

母が危篤を知った時、剛はハワイにいた。
帰国するにも便がなかった。
たまたまハワイにいた日本人が航空チケットを譲ってくれた。

すがる思いで帰国。
「母ちゃん、頑張ってくれ、頑張ってくれ」
病院に到着した時にはもう、当然意識はなく死の直前。

剛は母の手を握り
「母ちゃん、頑張ったな、よう頑張ったな。」って手を何度も握りしめた。

最後の最後の息を振り絞り、母は 剛の耳元に小さく息を吹きかけた後、亡くなったそうです。

人はいずれ死ぬ。
当然オイラも死ぬ。
だけど、死ぬまで生きなきゃて思う。

オイラと剛の共通点。
家族に悲しみを覚え、両親を憎み、そしてたまらなく愛した事。

剛の「シャボン玉」という歌のフレーズにある一部分。

逃げ場所のない覚悟が 夢に変わった
オイラもこう思える時がくるだろうか・・・

家族に対して向き合えなかった過去。
他人には触れられたくない過去。

剛が初めて家族と向き合った歌。
オイラが小学校6年の時に出会った歌。

そのコンサートで剛が泣きながら歌った。
招待した家族も泣いていた。

「LISENSE」

幼い頃 俺はいつも 海が好きだった
バラック小屋に4人暮らしで とても幸せだった
むき出しのプロパンガス コールタールの壁 壊れかけた雨戸
夕暮れの背中 あの路地口でいつも おふくろは泣いてた

週末になると 親父はいつも 俺をバイクに乗せた
人気のない海岸線に 親父は腰をおろした
黙ったまんまタバコをふかし ずっと遠くを見てた
生真面目だけの自分の人生に 憤りを感じてた

遮断機が降り 錆びた線路を 蒸気機関車が走る
踏み切り渡ると 川が流れ 繊維工場の煙
回送列車が操車場へ 入るその前に
駆け足で早く 駆け足で早く 家へ帰った

買い物かごを さげたおふくろが 俺の手を引いてゆく
昨日の涙の訳も言わず 優しく唄っていた
河川づたいに大きな影と 小さな影が揺れる
子供達の為だけに ただ優しく唄ってた

親元を離れ 戸惑いながら 月日は流れていった
薄汚れた都会の ベランダから 見えない海を眺めてた
俺は初めて親父やお袋を たまらなく愛した
取ったばかりのカーライセンス 明日 羽田に迎えに行く


オイラは上記に挙げた歌を聞くたびに、胸が痛くなる。
それは悲しみではない。

あなたが居たからこそ感じられる幸せだったりする。

憎しみ、悲しみ、愛した家族。
最愛の両親を亡くした剛は何を思うだろうか?

心からお悔やみ申し上げます。
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by panyanowakki | 2006-04-26 03:09 | 今考えやんと、いつ考えんねん
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